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NRCJAPAN

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2008.04.14(Mon)


2006年9月16日、9月17日 台北市でコンサートを開催
2006年11月11日、11月12日 ソウル特別市でコンサートを開催
台湾公演、韓国公演ともにチケットは完売、それぞれ約2万人、約1万6000人を動員した。
韓国での単独公演は、ジャニーズ事務所内で初めてである。
10月7日に予定されていたバンコクでの公演は、9月19日に発生したクーデターのため中止に。
2007年4月4日 3本目の主演映画「黄色い涙」が公開
2007年4月29日 東京ドームで初の単独公演を開催、約5万5000人を動員した
2007年 「Happiness」が9月度の月間シングルランキングで1位を獲得し、グループ初の月間1位を果たす
2007年 オリコンの年間シングルランキングで「Love so sweet」が4位になり、グループ初の年間トップ10入りを果たす
2008年 SMAP、KinKi Kidsに続き、五大ドームツアーを行う予定

[編集] エピソード
グループ名の由来
嵐というグループ名は、「世界中に嵐を巻き起こす」という意味、「芸能界に嵐を巻き起こす」という意味のほか、頭文字が五十音でも最初の“あ”、アルファベットでも最初の“A”であり、「頂点に立つ」という意味が込められている。
他には「?」(クエッションズ)などの候補があった。しかし、嵐は番組の中でクエスチョンズ(後に単数形ではあるが後輩のバンド名に)よりも嵐のほうが良いと言っていた。
結成まで
櫻井翔は当時、嵐を一時的な物と考えており、1999年ワールドカップバレーボールのイメージキャラクターとしての仕事が終われば、ユニットは解散してまたJr.に戻るものと思っていた為、メンバー入りを引き受けた。
櫻井翔、二宮和也、松本潤は夏前からレコーディングや振り付けを行っていたが、CDデビューすることは知らされていなかった(当時、ジャニーズJr.にはCDデビューには至らない数々のユニットが存在した)。
大野智は当時Musical Academyのメンバーだったが、Jr.のレコーディングの手伝いをしてほしいと頼まれ承諾。大野はそれまでに2度、事務所に辞意を伝えていた為、デビューの話を持ち出して大野に逃げられる事を恐れた事務所側に騙される形で、9月初頭にレコーディングを行なっている。その際、ラップも歌っており、「メロとラップ、どっちがいい?」と聞かれ、「メロ」と答えた為メロディ担当となった。嵐のメインボーカル。
メンバー5人が初めて揃ったのは、デビュー記者会見を行うハワイ州に渡る3日前。一度4人で集められた所に、二宮といつも一緒にいた相葉雅紀が居ないのを見て、社長がその場で相葉に「パスポートを持っているか」と電話をし、「持っている」と返事をした相葉の嵐加入が決定した。
リーダー
大野智が嵐のリーダーに決まったのは、1999年11月2日に放送されたテレビ番組「少年隊夢」内でのこと。それまでは大野智がダンスリーダー、櫻井翔が勉強リーダー、相葉雅紀はアイドルリーダー、二宮和也が芝居リーダー、松本潤がお笑いリーダーと分担制だった。
特徴
デビュー当時、グループ内の年齢差が3歳以内というのはジャニーズ事務所でもめずらしかった。
アイドルらしくない趣味を有していることを自覚している。アンダーグラウンド、アキバ系、文化系、マイナー、シュールなどと自称。
テレビ番組やコンサートのMCでの自由奔放なトークや動きは時として破壊的な笑いを生む。自分達の冠番組では度々お笑い芸人をゲストに迎えているが、逆にお笑い芸人の方があまりの面白さに驚くことがある。
アイドルの枠を超えたキャラの濃さと嵐独特のうだうだなノリが売りである。
仲が良い
メンバー同士で誕生日プレゼントを渡している。2005年の大野智の誕生日は「まごまご嵐」の収録日に当たり、誕生日ケーキを贈られた模様が放送された。この日、松本潤はテレビドラマ撮影のため不参加。また海外に行った折には、お互いに土産を買って帰っている。
プライベートで旅行をしたことがある。大野・二宮・松本・相葉で箱根に日帰りで旅行した(櫻井は仕事のため不参加)。その際松本が相葉の車を料金所の近くでカスってしまった。松本はこのことを「ハンドルがいつも自分が運転している車とは左右逆だったから」と言っている。櫻井へのお土産に陶芸体験をし皿をプレゼントした。皿に彫ったメッセージはそれぞれ、松本「元気でね」・相葉「ありがとな」・二宮「あきらめるなよ」・大野「頑張れよ」である。
喧嘩をしたことがない。松岡昌宏(TOKIO)から喧嘩をしないと分かり合えないと怒られたことがある。
メンバー5人とジェイ・ストームのスタッフでフットサルのチームを組んでいる。ユニフォームも作った。
現場では休憩スペースが広いのに、五人で片隅集まり、くっついて雑談をしていることが多い。

[編集] 音楽活動
タイアップについてはジャニーズ タイアップ一覧を参照
大野が振付けた曲については大野智(音楽活動)を参照

[編集] シングル
A・RA・SHI (1999年11月3日)
SUNRISE日本/HORIZON (2000年4月5日)
台風ジェネレーション -Typhoon Generation- (2000年7月12日)
感謝カンゲキ雨嵐 (2000年11月8日)
君のために僕がいる (2001年4月18日)
時代 (2001年8月1日)
a Day in Our Life (2002年2月6日)
ナイスな心意気 (2002年4月17日)
PIKA☆NCHI (2002年10月17日)
とまどいながら (2003年2月13日)
ハダシの未来/言葉より大切なもの(2003年9月3日)
PIKA★★NCHI DOUBLE (2004年2月18日)   
瞳の中のGalaxy/Hero (2004年8月18日)
サクラ咲ケ (2005年3月23日)
WISH (2005年11月16日)
きっと大丈夫 (2006年5月17日)
アオゾラペダル (2006年8月2日)
Love so sweet (2007年2月21日)
We can make it! (2007年5月2日)
Happiness (2007年9月5日)
Step and Go (2008年2月20日)

[編集] アルバム

[編集] オリジナルアルバム
ARASHI No.1〜嵐は嵐を呼ぶ〜 (2001年1月24日)
HERE WE GO! (2002年7月17日)
How's it going? (2003年7月9日)
いざッ、Now (2004年7月21日)
One (2005年8月3日)
ARASHIC (2006年7月5日)
Time (2007年7月11日)
Dream "A" live (2008年4月23日) 

[編集] ベストアルバム
嵐 Single Collection 1999-2001 (2002年5月16日)
5×5 THE BEST SELECTION OF 2002←2004 (2004年11月10日)

[編集] サウンドトラック
ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY THE ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK (2002年10月30日)
黄色い涙 オリジナル・サウンドトラック (2007年4月4日)

[編集] コンサート
2000年

嵐 FIRST CONCERT 2000 (4月6日 - 4月30日)
嵐〜台風ジェネレーション〜SUMMER CONCERT (8月13日 - 8月29日)
2001年

ARASHI SPRING CONCERT 2001 〜嵐が春の嵐を呼ぶコンサート〜 (3月25日 - 4月30日)
松山公演が芸予地震により会場の一部が損壊したため中止になった。
ARASHI All Arena tour Join the STORM nagoya osaka yokohama (12月23日 - 2002年1月7日)







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